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「お布施の定額制」について

 先ほど、スーパーマーケットを経営する大手の流通業者が葬祭業に進出し、その際紹介する僧侶への布施の金額を一律に定めて公表しました。
 金額は、通夜・葬儀の読経と戒名のセットで、戒名によって差がつけられています。「信士・信女」で25万円、「居士・大姉」で40万円、「院居士・院大姉」で55万円というものです。この問題に賛否が論じられていますが、私たちの立場から、簡単に御説明したいと思います。
 
(1)問題の背景・・・檀寺・檀家制度の崩壊
お布施定額制と葬儀業者による僧侶の紹介は、すでに(とくに都市部においては)充分な広がりを見せています。直葬の時にもそうでしたが、マスコミが取り上げたときには、その必要性のゆえにごく普通のことになっています。ここでは、この問題を論じるときに避けては通れない問題の背景について、簡単に(やや乱暴かもしれませんが)触れておきます。
@ 檀寺・檀家制度のもとでは、お布施の額は明確には決められていませんでした。(江戸時代以来の)檀寺と檀家の長い付き合いの中で、お互いがお互いをよく知るお寺と檀家の格・経済状態などが(表立った議論によってではなく)勘案され、決められていったと思われます。今でもお寺側が言う「お布施というのは志で、いくらいくらと決められるものではない。時にはみかん1箱で済ませたこともある。」という根拠も、そこにあります。たしかに檀寺が檀家の状態を汲み、お布施にそれが反映されるということは今でもあることのようです。しかし、逆にお寺が僧侶の生活や改築などでお金が必要なときには、檀家が全体でお金を出し合ってお寺を維持してきたという実態がありました。お互いの理解が前提であったといえるでしょう。
A しかし、この檀寺・檀家制度が崩壊してきているところに、お布施定額制が生まれてきた背景があります。農地の長子(長男)相続によって、農家の次男や三男は別に生きていくすべを見つけなければならなかったのですが、とくに2次大戦後復員兵の多くが職を求めて都市に流出しました。また、集団就職のように、経済構造の変化などに促されて多くの人々が都市へ移住し、イギリスにおけるエンクロージャーのように都市の工業化のための労働力を作り出し、日本経済の成長の基礎を作ったともいえます。このようにして、檀寺・檀家制度の枠組みの外に置かれた多くの都市住民が作り出されました。今は、このようにして戦後都市に移住した人たちが、人生の終わりを迎えようとする時期に当たっています。
 このような檀寺を持たない大量の人たちには、旧来の檀寺・檀家制度を前提としたお布施の制度ではなく、新しいライフスタイルに合ったお布施制度(たとえばお布施定額制)を必要とするのは当然の成り行きです。
B 他方、お寺側の事情はどうでしょうか。明治以降僧侶の妻帯が許され、寺も長男相続によって継がれていきました。ここでも次男三男はお寺もないまま、職を求めざるを得なかったのです。お寺のない僧侶が都会へ出て生きていくためには、葬儀会社の紹介で葬儀の仕事をし、お布施を得ようとするのはこれもまた当然の成り行きです。
 このように、お布施定額制は、どのように言ってみても、需要と供給が一致したところに生まれて維持されています。今のところこれに代わるよい方法はありません。

 (2)お布施定額制のメリットとデメリット
 雑誌「週間ポスト」はこの問題を取り上げ(論点が明確ではないのですが)、@実際のお布施の額が遺族にはわかりづらいこと、A(150万円というような)非常識な高額を払わされることもあること、Bお布施には半額にも上る僧侶派遣機関や葬儀会社へのキックバックもあること、などお布施の明確化によるメリットを取り上げています。他方、遺族側がお布施を「費用」ととらえ、僧侶の側も「収入」ととらえていることに、「葬儀儀礼がやせ衰えて行く」と警鐘を鳴らす人たちがいるとも伝えています。

(2)問題点の整理・・・葬式仏教の問題
 現実を踏まえて、お布施定額制の問題点を 整理してみます。
 1、確かにお布施の額は、わかりにくいものです。
檀寺がある場合にはお寺(檀寺)と遺族(檀家)の直接のやり取りに任されることになりますが、遺族が聞くと、普通は「お気持ちで」と返答されます。週間ポストには浄土真宗の僧侶の言葉として「みかん箱 1つでいいということもある」という例を載せていますが、そんなことですまないことは誰でもが知っています。実際にはある程度の基準はあるようです。以前、御遺族に頼まれてある寺に電話をして読経をお願いし、引き受けるというお話をいただいたのですが、遺族が考えたおられたお布施の額をお話したところ、忙しいことを理由に断られてしまいました。お寺さんにとっても、僧侶紹介所からのほうがお布施が明快で都合がいいのではないでしょうか。お布施の額を聞いてから断るのもばつが悪いでしょうから。
 2、お布施の額は、誰もが思っているように高額です。
150万円というほどの高額ではなくても、通常紹介ではないケースでは50万円〜100万円ということも珍しくはあ  りません。葬儀会社の紹介では金額も低めで、明確ですから、現代人の常識としては理解しやすいのは当然で  す。
 3、お布施の額を決めるのは間違いだという見解
この考え方の主な論拠は、 お布施は「施し(贈与)」という宗教的行為なのだから額を決めるのは間違いだ。お布施が価格になることによってお葬式が宗教と無縁のものになってしまい、結局は死者儀礼がやせ細ってしまう。」というような意見があります。これらの考え方は、主に恵まれた(生活の心配をしなくてよい)僧侶や高額のお布施によってうまみを得る葬儀関係者のものです。
 日本における仏教は、私見によれば、大きく3度の隆盛ガありました。1度目は仏教の渡来当時のときの権力による保護によるものでした。2度目は、仏教が時の権力と対抗し、貧しい人々に対して救いの手をさし伸べ、真の意味での宗教的発展を遂げたときです。3度目は、江戸幕府の手先として檀寺・檀家制度によって権力機構の一端として社会に対してその地位を確かなものにしたときです。そして、仏教界はいまだにその制度の残存物に頼り、それを利用しようとしています。(もちろん、仏教界のすべてがそうだと言うわけではありません。)

 わたしは、僧侶たちやお寺の危機感も檀寺制度の崩壊に根ざしていると考えています。お寺と遺族の間の関係を考え直さずに、この問題が宗教の危機であるかのように考えることは間違いではないでしょうか。お寺や僧侶たちの収入のよりどころとなってきた檀寺制度が崩壊するのは当然の流れです。新しい経営のスタイルを考え出して、お寺が仏教を広め、人々の魂を救済する基礎を作り上げることが必要でしょう。その努力と関係なく、お布施定額制を批判するのでは、この問題を僧侶たちが解決すべき問題ではないと考えているようにも見受けられます。
檀寺制度は江戸時代、仏教が幕府の機関となって、過去帳(戸籍)の管理やなどを通じて住民話支配した制度です。今のように庶民が葬儀を行うようになったのもこのときからだといわれています。
お布施定額制を批判する僧侶たちは、そのとき以来の寺と檀家の関係を頭に描いてそれを理想としているようです。それは、お布施の額は「遺族をよく知った寺と長く付き合ってきた遺族との間の信頼関係が基礎となって決められるべきだ」というような考え方によく現れています。
 そのような関係がお寺と遺族の間にないところに、お布施定額制が生まれてきたのです。そしてもし、仏教が宗教らしくありたいと考えるならば、檀寺制度に頼るのではなくて人々(社会)との関係を新たに作り出す必要があるのではないでしょうか。お布施が本当の意味でお布施になるのはそれからではないでしょうか。





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