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コラム

2012年1月31日 火曜日

「絆」と言う言葉(1)   by NPO家族葬の会

昨年の震災以降怪しげな言葉がタンポポのようにふらふらと日本をさまよっています。「勇気をあげる」、「勇気をもらう」、「がんばろう日本」、「がんばれ東北」などなど分かったようで分からない言葉が行きかい、その言葉を発することによって自分が何か震災復興に貢献したかのような気持ちになり、一種の免罪符の発行を社会に要請する行為のように感じているのでしょうか。
こんな言葉に、偽善やむなしさを感じうんざりしている人は多いのではないでしょうか。高校生が募金箱を持って、お金を入れない人間は人非人ででもあるかのような表情をして大声を上げているのを見ると、この子達の親や先生はどんな人たちかと考えてしまいます。そもそも大声を人に投げかけるような正義を私は信じません。
それらの言葉の中で、もっとも偽善的要素を兼ね備えているのは「絆」と言う言葉です。

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2012年1月28日 土曜日

ファミリービジネス by NPO家族葬の会

以前、と言ってもだいぶん前ですが、確かファミリービジネスと言う映画だったと思います。その映画をテレビで見ました。アメリカの映画でした。アイルランドからの移民の家族の話です。ファミリービジネスと言うのですから、家業と言う意味ですが、その家業と言うのが泥棒なのです。その三大にわたる泥棒一家をショーン・コネリー、ダスティン・ホフマン、マシュー・ブロデリックといったスター俳優が演じたコメーディー映画ですが、アイルランドからアメリカに移民してきた人々の苦労話と泥棒家業を組み合わせた映画でした。ちなみに、girlを「ギャル」と発音するのは、アイルランド訛りで、移民たちが「ガール」と発音できなかったのをからかっていたようです。
映画は凡作だったようで、スターだけに頼った映画だったようです。私が覚えているのは、最後の場面でおじいちゃんの遺骨(遺灰)を強風の中、葬儀をおこなったビルの屋上から撒き飛ばす場面でした。それしか覚えていないと言うのも変かもしれませんが、それだけ映画が面白くなかったのかもしれませんし、最後のシーンが日本では考えられない場面でしたので記憶に強かったのかもしれません。

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2012年1月26日 木曜日

葬儀会社と暴力団と政治家

暴力団関係者に便宜を図ったとして逮捕された船橋市の葬儀会社「セレモ」社長林勇樹容疑者会社社長から、野田佳彦首相の資金管理団体が献金を受けていたことが分かったそうです。
実際献金をされればお金を受け取ってしまうのは、政治家に限ったことではないし、以前に問題になった在日韓国人からの献金などは、事前に知る方法があったかどうか疑問です。お金の問題については政治化にはどうじょうするべきてんもあって、辻本議員の辞任につながった秘書給与の問題などは典型です。国から支給される2人分の給料を3人の秘書の給料にしていたと言う問題でしたが、このころはどの国会議員もがそうしていたはずで、していなかった国会議員を探すのが難しかったと思います。辻本議員が指摘され議員辞職したときに、ほかの国会議員たちは口をつぐんでいました。同じことをしていた多くの議員は、国費で雇える秘書の数の少なさを訴えて名乗り出るべきだったのではないでしょうか。こんな卑怯さは、悪事を働くよりずっと悪質です。
そんなことよりも、昔から葬儀会社と暴力団とのつながりについてはいろいろと聞かされました。 

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2012年1月25日 水曜日

お葬式の常識(1) by NPO家族葬の会

 お葬式の常識と思われているものはさまざまありますが、中には?と思ってしまうものもあります。私は「無料y葬儀相談室」と言うサイトを運営していてたくさんの相談をお受けしてきましたが、それらの中にはたとえばお葬式のマナーや迷信ではないかと思われるものもたくさんあります。
 それらの中から、これは実際どうなのだろうかと思ってしまうものもあります。それらの中から、いくつかを取り上げて、考えていきたいと思います。
 お葬式の歴史は、変遷の歴史でした。今のような形に出来上がったのは、戦後だと言ってもいいかもしれませんし、また今新しいお葬式の常識が出来上がりつつあります。生活に関する全ての事柄は、急激であるか徐々にであるかを問わず、変化の歴史です。そしてその変化は、多くの場合、それなりの必要に迫られての変化でした。
 何がどのように変化したのかを体系だてて説明するのが、今私が書こうとしている目的ではなく、今目の前にあるお葬式の常識を、どのように考えるべきかと言う点から、ランダムに述べていきます。

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2012年1月23日 月曜日

人は死ねば仏になる? by NPO家族葬の会

人は死ねばみな仏になる。人は死んだらすぐに成仏する。多くの日本人はそのような言葉をなんとなく信じています。テレビドラマで刑事が死者のことを仏さんと呼ぶ場面があります。その言葉です。私が思うに多分これは、浄土真宗の考えなのではないかと思います。
この考え方の底には、とことん罪を追求することはしない日本人的な気質があるように思います。テレビドラマでは刑事が執念を燃やして事件を解決しようとしますが、実際の日本人の生活では法律的な考えは金銭がらみでなければ、罪をとことん追求しようとはしません。誤れば許してしまうのが日本人的な気質です。たとえそれがどんなに重大な問題でも。原発事故を起こした東京電力でもオリンパスの経営上の問題でも、日本人は誤れば許してしまいます。たとえば企業経営者はそのことを知っていて記者会見場で頭を下げて見せます。浄土真宗は、仏教が日本人的な気質や風土をうまく取り込んだのではないかと思います。葬儀式場にいて、この人がどんなことをしてきたかを知らないまま、あるいは知っていても、地獄に行けとは思いません。冥福を祈って、手を合わせます。

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2012年1月20日 金曜日

立会いの変化  by NPO家族葬の会

 昨日(1月19日)の大相撲バルト-稀勢の里戦でのバルトの立会いの変化について、相撲会場では「国に帰れ!」などという非難が渦巻いたそうです。たしかに大関同士の好取組ですから、正面から当たっての力相撲を見たかったのにという気持ちはよく分かりました。私もそんな気持ちを持ったのは確かでした。
 しかし、テレビの画面でその瞬間を見たときには、バルトは落ち着いたの表情に見えましたし、多分稀勢の里の強引なぶつかりをよく見て余裕を持って、変化したと思いました。昨日一番では、バルトに対して部が悪かった稀勢の里が猛進したのに対して、バルトはそれを余裕を持ってかわしたのだと思います。
 頭を下げて、相手も見ずにぶつかっていくのはかわされる覚悟がなくてはしてはいけないことですし、実際格下の相手にそんな相撲はとりません。続く白鵬-日春富士戦での白鵬の闘い方もおなじです。格下の相手に立会いで頭を下げてぶつかって行って簡単に買わされてしまいました。これもやはり苦手意識のなせるわざでしょう

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