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コラム

2011年9月30日 金曜日

ミラーレスカメラ

カメラ製造各社から、新型カメラが次々と発表されています。ほとんどがいわゆるAPS-Cサイズといわれる撮像素子を搭載したカメラです。一番多く売れているカメラです。また、ミラーレスカメラもたくさん発売されています。すでに発売していたパナソニック、オリンパス、ソニー、韓国のサムスンのNX10に続いてペンタックスとニコンも発売を発表しました。パナソニックとオリンパスはマイクロフォーサーという小さな撮像素子を搭載した物で、ペンタックスはさらに小さくいわゆるデジカメ並です。ニコンは1インチ×1インチの撮像素子ですから、やはりマイクロフォーサーよりも小ぶりの撮像素子です。
撮像素子は、アナログカメラで言えばフィルムですから、大きいほうが画質の面で有利であることは間違いありません。ただし、撮像素子のほかにも画質を決定する物は、撮像素子の能力、レンズの性能、画像の現像力などたくさんあります。ソニーのミラーレスカメラは撮像素子がAPS-Cサイズと大きく、この点で有利です。
これらのミラーレスカメラのメーカーは、2つの種類があります。1つは、昔からのカメラメーカーです。ニコンやペンタックス、オリンパスなどがそうです。もう1つは、いわゆる家電メーカーです。パナソニックやソニー、サムスンがそうです。

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2011年9月28日 水曜日

ラグビーワールドカップ2011 

ニュージーランドで開かれているラグビーのワールドカップ2011も、はや決勝トーナメント進出チームが決まろうとしています。日本はきびしい予選リーグに入って、1分け3敗の結果で終わりました。予選リーグの相手は、ニュージーランド、フランス、トンガ、カナダと錚々たる相手で、カナダ戦の引き分けを除く3敗はいたし方のない結果だったと思っています。試合を見た観想を言えば、実力負けだといっていいのではないでしょうか。残念だったのは、対トンガ戦で、明らかにラックへの集散で日本は遅れをとっていて、それが何度もターンオーバーされた原因になっていたことです。この辺りを改善しないと、一クラス上の相手とは対等に戦えないのではないかと感じました。
もうひとつは、これは結果論ですが、今回のワールドカップで日本は、勝負を仕掛けとによる闘いの組み立て方の問題です。結論的に言うと、決勝トーナメントへの進出のもくろみは、無謀だったのではないでしょうか。なにを言っているのかというと、ニュージーランド戦で主力を温存したことです。これはカーワンヘッドコーチの作戦だったようですが、私は、主力選手にニュージーランドチームの厳しさと強さを味わってほしかったと思っています。そういう結果にこだわることなく闘うことが、日本ラグビーのステップアップにつながってくると思います。
日本のラグビーはまだまだ新参者です。あせることなく実力を強化することでしか2019年の開催こことしての面目を保つことは出来ないのではないでしょうか。まだこれから8年間あります。

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2011年9月27日 火曜日

がけ崩れ

今年の日本は、3月11日震災のあと原発事故があり、そこに猛暑がありました。さらに追い討ちをかけるように大雨による浸水や土砂崩れなどが次々と発生しました。まさに災害列島という感じです。地震と大雨はこれまでに日本列島にはあったはずですから、テレビで土砂崩れの映像を見て、こうやって山というものは崩れていくものなのかと思いました。私が住んでいる東京都の多摩地区には幸い土砂崩れはなかったようですが、何かの形でそんなことが起こる可能性があるのかもしれません。
今回の紀伊半島の災害の映像を見てちょっとだけ疑問に思ったのは、狭い山間の谷に道が川沿いに作られ、観光用の施設が山を切り崩して作られていました。大昔から、たんに山野斜面だったところを削ってしまった点に大きな災害につながった原因はなかったでしょうか。熊野古道などという観光案内を見たことがありますが、それまであった自然を変形し、無理をして観光施設を作ったことがどうだったか、知りたいと思っています。もう1点、崩れた山を見ると杉の木ばかりでした。昔から杉の木ばかりが植わっていたのでしょうか。杉の木は保水力がないといいます。根も弱く地盤の弱い斜面では、地形を保護する役割を果たせていなかったのではないでしょうか。もし、画面に映されていた杉の木々が植林によるものだとすれば、何か考えるべきことがあったのではないでしょうか。

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2011年9月18日 日曜日

家族

最近私は、「家族というのはいったい何か?」ということを考えています。新聞やテレビなどに普通に登場する「家族」と言う言葉です。一般的には無前提で無条件に家族の構成員が互いに尊重しあい、助け合い、愛し合うと描写されます。しかし、そんな簡単な関係ではないこともよく知られていますし、家族の中で生活する人間にとっては、家族関係の難しさを実感することもしばしばあって当然です。少なくとも私はそうでした。主に母親との相克は神戸の高等学校を卒業して東京の大学に入るまでは、大変な問題でした。親元から離れたときのあの開放感は、なんともいえず爽快でこれから自由な生活が始まるのかと思うと、体が充実感で一杯になったのを思い出します。十代の子供(少女達)が家出をして新宿辺りにたむろしている報道をとこときどき目にしますが、私には彼らの気持ちがよく分かります。
後になってわかったのですが、私が開放されたと感じたのは思い違いだったようです。私の心の中には母親の存在がその後も大きくトラウマとなって残っているようです。その影響をさまざまな局面で感じてしまいます。家出をした少女達も故郷を後にすることに成功したとしても、後々まで捨てた親のトラウマに悩むことになります。

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2011年9月13日 火曜日

力道山(2)

当時の日本人は男女を問わず、テレビの前に釘付けになり大声を上げて力道山と彼に味方する善玉に声援を送っていたように思います。私も、夜になったら放送されるプロレスの実況放送(当時はビデオというものがなかったので、全てLIVEだったのです。)を朝から楽しみにし、何時間も前からテレビの前に座って待っているような熱狂的ファンだったのです。
あるとき、神戸でプロレスの興行がおこなわれ、それをテレビ観戦した翌日のことです。私の家の近くに五毛神社と言う神社があり、その門前に銀水と言う旅館がありました。たまたまその旅館の前を通りかかった私は、プロレスラー達が談笑しながらその旅館から出てくるのを目撃してしまったのです。
前の日には、額から血を流しながら、隠し持った凶器を使って力道山に襲い掛かっていたグレート東郷や4の字固めのザデストロイヤーなど総勢7~8人ほどのプロレスラー達が和やかに笑いながら歩く姿をみた私にとっては、驚天動地と言う言葉がぴったりの光景でした。「なぜなの?」。それが頭を駆け巡り、頭の中が真っ白になってしまったのを覚えています。しばらくたって、少し冷静になって、大人たちの間でつぶやかれていた「プロレスは八百長だ」と言う言葉を、「ひょっとして本当なのかな」と考えるようになりました。

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2011年9月 6日 火曜日

力道山(1)

子供のころのヒーローと言えば、文句なく力道山でした。テレビが普通の家庭にいきわたってテレビ観戦が当たり前になるまでは、プロレスは各地を転戦して生で見せていました。私がプロレスを見るようになったのは、小学校の低学年のころ、近所のお金持ちの家がテレビを買って、そこで見せてもらうようになってからです。当時はの一握りの家庭だけがテレビを買うことが出来たのですが、近所の人たちはその家にテレビを見るために集まりました。私も貧乏な家庭に育ちましたから、当然見せてもらう側でした。特にプロレスの放映があるときは、大勢(多分20人ぐらい)がテレビの前に集まり、目の前に力道山がいるかのように大声を上げて声援を送っていました。
力道山以外のスターと言えば、ルーテーズ、ブッチャー、豊登、ハロルド坂田、シャープ兄弟などで、彼らが力道山の味方をする善玉と敵役である悪玉に分かれて試合をすれば、テレビの前はもう興奮の坩堝でした。卑怯な手を使って力道山が痛めつけられようものなら、あらん限りの声で畳をたたきつけながら悔しがっていました。
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2011年9月 3日 土曜日

カツラギエース

カツラギエースは、はじめてジャパンカップを勝ったに本場なのですが、そのときの競馬場の雰囲気は異様でした。10馬身以上も離して逃げたカツラギエースは、後続の2着争いを尻目に先頭でゴールしました。2着にはイギリスからの遠征馬ベッドタイムが入り、3着にはその年の3冠馬シンボリルドルフが入りました。このレースでのカツラギエースは、10番人気で私同様多くの観客がまったく目に留めていませんでした。1番人気は、前年の3冠馬ミースターシービーでした。ミスターシービーはこのレースでも離れたしんがりを走って10着と大敗しました。今は亡き吉永騎手(評論家吉永みち子さんの夫)は、「選考するべきだった」と語ったそうです。
まったくの人気薄カツラギエースがゴールしたときには、予想外の結果に困惑する観客は静まり返り、歓声も上がりませんでした。カツラギエースは次の有馬記念2着の後引退したのですが、このレースで実力を見せ付けました。またも逃げの手に出たカツラギエースは、シンボリルドルフに執拗なマークをくけましたが、2着に粘りきりました。3冠レースでは力を発揮できず、ミスターシービーに負け続けたのですが、ついにジャパンカップという大舞台で勝利し、さらに有馬記念で実力を発揮し、評価は低くとも本当は強かったのだと言うことを、見せ付けることが出来ました。

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