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安かろう悪かろうの葬儀は絶対に行いません!

コラム

2011年6月22日 水曜日

人が死ぬとき-NPO家族葬の会

しばらく忙しくて更新が出来ませんでしたが、出来る限り更新しますので、よろしくお読みください。
今回は、「人が死ぬとき」について、葬儀屋らしい感想をお伝えさせてください。ここで言う、「人が死ぬとき」というのは、葬儀屋としての経験上、「人が死ぬときは、たくさんの人が死ぬ」と言う意味です。もちろん津波や地震や事故で一度に大勢の人が亡くなると言う意味ではありません。普通に入院生活をしていたり、お年寄りであったりと言う人達が、ある夜次々となくなるという意味です。ある意味これは当たり前なことで、年間に亡くなる人が毎日平均して亡くなるわけではないので、偏りがあるのは当然です。しかし、ある夜いきなり仕事がばたばたと入り、搬送会社を手配すると、「今とても忙しくなっているので、数時間待ってください」と言われたりします。当然式場や火葬場も同じことになります。つまり、ある夜まとめてなくなられた人たちの葬儀を、数日~1週間程度掛けて済ませていくということのようです。そして、それが終わったころにまたまとめて人が亡くなる、と言うサイクルを重ねて行っていることのようです。亡くなられてすぐにお葬式が出来ないのには、こんな理由があります。

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2011年6月14日 火曜日

信用されていない葬儀業者-NPO家族葬の会

時々、地方自治体に呼ばれてお葬式のをすることがあります。話すほうとしては、お葬式についての一般的な話や最近のお葬式の傾向についての話をさせていただきますが、聞いている人たちの興味は、「葬儀業者に騙されないためにはどうすればよいか」とか「信用できる葬儀業者の見つけ方は?」と言う方向にあるようで、延々と質問が続きます。終いには御自分の住んでいる地域の葬儀業者の具体名を上げて、その業者が信用できるかどうかを聞かれることがあります。知っている業者の場合でも、もちろんお応えするのは遠慮しますが、質問をされた方はその業者を利用したどなたかからの話をきいて、警戒心を持たれたようです。悪い噂はいきわたる物だなあと感心してしまいました。
昔は、葬儀は値切らないなどと言う言葉もあったとおり、自分の家の出した葬儀の価格が話題に上ることは無かったようで、その点で今とはまったく違います。葬儀もようやく消費者の情報網に上るようになって、消費者側が賢くなってきていることを感じます。まだまだ賢くなれるようで、今後が頼もしい限りです。

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2011年6月 9日 木曜日

エコ棺-NPO家族葬の会

一時エコ棺が盛んに売り込まれました。普通の物は、ベニヤ板に桐の上張りをした物なのですが、エコ棺はダンボール制です。ベニヤ板の物は、中国製のものが多いと聞きましたが、ベニヤ板の接着剤に有害物質が含まれているのが問題のようです。エコ棺は岩手県の農協系の葬儀屋さんがお客さんに勧めて、結構普及していたそうです。今はどうなっているのでしょうか。私どもへも売込みがありましたが、仕入れ価格が普通の棺のおよそ3~4倍程度で、とても使うことは出来ませんでした。その当時は、「安くなければエコじゃない」と思っていました。今原発事故の後、太陽光発電を推進しようとする動きが活発です。「安ければいい』と言う風潮も反省しなければならない点があるようです。かの堀江さんが言うには、「200円台で生肉を食べようと言うのが間違いだ」そうです。確かに、私たちの『安ければいい」と言う消費生活態度も考え直さなくてはとも思います。日本には「安物買いの銭失い」という言葉もあります。世の中は「高くてもエコ」と言うことになってきているのでしょうか。考え方を変えなくてはならないかも知れません。

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2011年6月 5日 日曜日

菅さんの辞任劇

菅さんの総理辞任をめぐって、様々な人がさまざまな動きをしてきました。民主党は結党時に鳩山さんのお金を頼りに出発したところから、まともに立っていられないと言う結末を迎えるのは、ある意味で当然のことでした。党員の集金能力を超えた活動資金が必要だったわけですが、結局政治的能力も確認されていない鳩山さんを代表にして出発をせざるを得なかったわけです。しかも誰が考えても行政をコントロールする力もないうちに、自民党の行き倒れによって政権が転がり込みました。今の失敗は当然の帰結でした。
民主党にはまだまだチャンスがありますから、腹を決めて結党時の理念を実現するよう努力するべきです。総選挙になっても、またそれで敗北しても議員諸氏には政治家としての道は残されているはずです。自民党も、野党になってみればかつての社会党同然の反対政党になってしまっています。自民党に多くを期待する国民はそう多くはないでしょう。
別の見方をすれば、民主党の登場には、それなりの意味がありました。自民党や他の保守政党も、内実はともかく表向きは官僚政治を批判せざるを得ないなど、かつての自民党政治を修正してきています。全体として日本の政治は着実に本当の民主主義に向かって進んでいることは確かです。(もっとも、どこまでも進歩するかどうかは怪しいところがありますが。)民主党がこのまま歴史から消えてしまうとしても、このことをもって満足すべきかも知れません。

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2011年6月 3日 金曜日

今の政治事情

震災と原発事故をめぐって様々な情報がマスコミをにぎわせています。私はこのところこうした話に多少うんざりしています。と言うのは、物事がいわば利害関係者だけの間の話として、で行われているように見えるからです。政治家本人はその当事者の最たるものですし、出てくるその他の登場人物も同じです。政治の現状を嘆いてみせる地震と津波と原発の犠牲者もそうです。葬儀屋は、政治や行政からは恩恵を受けることを期待していませんが、登場人物たちは皆、そこからの給付や補助を期待する人たちです。たとえば漁業関係者は、底引き網を使って根こそぎ(鰯が貴重品になるほど)魚をさらって、都会の哀れなサラリーマンから見たら夢のような生活をしてきました。アリさんになれなかった人たちです。もちろん今となっては「気の毒」な立場でしょうが、マスコミがそれをはやし立てるのを聞いているとうんざりしてしまいます。原発立地に住んでいる人たちは、危険を承知で、補助金付けの生活に浸っていたはずです。「危険を知らなかった」という純真な人もいるのでしょうが、おかしいです。危険でなかったらなぜ東京に作らなかったのでしょうか。今頃になって、「東京の人が使う電気を作ってきた」と言う弁解をするのであれば、はじめからそういえばよかったのです。『国も東電も「安全」と言うのなら、霞ヶ関に作ればいい』と言えばよかったのです。原子力の安全について語った学者たちは、そのほとんどが公務員ですから、国(使用者)に逆らえるはずがありません。学問の独立などと言う言葉に騙されるのには、懲りてきた国民だったのではないでしょうか。その点ではマスコミも余り変わりはありません。最近は、マスコミの論調も、「原発被害一億総責任論」に傾いてきています(特に朝日)。被災地以外に住む多くの人たちは、被災者を大変気の毒だと思っていますが、そのあまり、親切を押し売りして、被災者を困らせていませんか?若い男性がカンパの箱をもっているのを見ると、自分で働いてそのお金を寄付すればよいのにと思ってしまいます。関係者による、関係者のための社会劇は、いつまで続くのでしょうか。いずれにせよ、多くの関係者(電力消費者も含めて)がそれぞれの責任を認めることを出発点にしない限り、本当の再出発は難しいのではないでしょうか。

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2011年6月 1日 水曜日

最近の葬儀屋事情-NPO家族葬の会

ここ数年、葬儀が小さくなり、葬儀屋はあえいでいます。もともと葬儀屋の儲けの多くは祭壇費用の中に入っているのですが、祭壇も小ぶりになり、思うようにはいきません。また、直葬や家族葬が増え、葬儀屋がいい商売だったのは昔のことになってしまったようです。
一昔前までは、「葬儀は値切らない」ものだったようですが、今では葬儀だけが特別な商品ではなくなってしまっています。最近では、相見積もりを取ったり、人から情報を得たりしてよく研究している方が多くなっているようです。これはNPO家族葬の会にとってはありがたいことで、この傾向がどんどん進んでくれることを願っています。
かくして、昔の感覚で(昔が忘れられずに)仕事をする葬儀屋さんは、嘆くことしきりです。

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