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コラム

2011年8月18日 木曜日

サッカー観戦と私ー朝日杯

つまりこのころまでは、スポーツは学生が中心の時代でした。戦後の復興の中、いち早く復興したプロ野球を除いては、どのスポーツも学生が一番強く、社会人は学生スポーツ上がりが、理解のある企業に入ってそこで続けると言うのが普通でした。社会人チームニ所属しても仕事を続けながら、仕事を終えてから練習すると言うのが普通でした。野球以外にプロはいなかったのですから。
日本全体がとても貧しい時代でしたし、スポーツは企業の広告塔だというのが、クラブを所有する企業の考え方でした。この考え方はプロとして成立している野球ですら棄て切れてはいません。その他の野球以外のスポーツでは、仕事を早めに切り上げて練習をさせてもらえるだけでもありがたかったのです。
日本が戦後の復興を成し遂げ、経済的に余裕が出てきてはじめて企業も仕事から離れて選手達に練習させたり、グラウンドを整備するなどして自社の広告塔としての社会人スポーツに取り組み始めたのです。すでにプロや社会人野球が人気を博していた野球を除けば、その最初がサッカーでした。(日本のスポーツ界において野球が破格の存在であったかは言うまでもありませんでした。)学生のサッカーの花形たちが次々と社会人チームで活躍するようになりました。三菱重工、日立、東洋工業、八幡製鉄などが活躍しました。その中でも当時の古河電工は、1960年代のはじめには圧倒的な力を持ったチームだったのです。つづいて、バスケットボールやラグビーなどで、その実力の中心は学生から社会人へとうつっていきました。

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