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コラム

2011年8月16日 火曜日

サッカー観戦と私ー朝日杯

当時の古河電工は文句無く日本の最強チームでした。私がそのとき観戦した古河電工はスターター11人中9人までが代表選手だと聞かされました。すっかり忘れてしまいましたが、保坂、宮本(征)、川渕、渡辺、内野、八重樫などスター選手が目白押しでした(当時長沼はコーチだったか)。彼らの中には1968年のメキシコオリンピックのメンバーとして活躍した人もいました。対する関学は、継谷、志治の2枚看板で、関西学生リーグの常勝チームでした。継谷は後に社会人強豪の三菱重工に入り、日本代表選手としても活躍しました。志治も卒業後は地元のトヨタ自動車でプレーし、地味ながら代表も経験し、現役引退後にはトヨタの監督として活躍しました。
この1960年ごろは、サッカーは大きな変化の時期でした。それが象徴的に現れているのが、歴代の全日本選手権の優勝チームの名前です。1921年に始まった全日本選手権は、1960年にこの古河電工が優勝するまで、学生チームが勝ち続けていました。関西学院大学、早稲田、慶応大学などが常勝チームとして君臨し、古河電工が1960年、1961年と連覇を果たした後もしばらくの間は、学生と社会人が交互に優勝する並立時代が続きます。

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